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新宿のパーソナルトレーニングジム

一日の平均乗降者数、約347万人(2016年度)。JR東日本・小田急電鉄・京王電鉄・東京メトロ・都営地下鉄が乗り入れる新宿駅は、乗降者数世界一をギネス世界記録に認定された巨大ターミナル駅です。改札や出入口も非常に数が多いため、旅行者が迷子になることも珍しくなく、新宿迷宮・新宿ダンジョンといったユーモラスな愛称でも親しまれています。

その新宿駅を中心に、西に超高層ビル街、東に巨大繁華街が広がる新宿。江戸時代は甲州道中の宿場町である内藤新宿として栄え、江戸の四宿に数えられましたが、大きな発展を遂げたのは1923年の関東大震災以降になります。地盤が強く、駅も含めて震災の被害をほとんど受けなかったことから開発が進み、鉄道会社が次々乗り入れると共に伊勢丹新宿本店・武蔵野館・新歌舞伎座・帝都座など、百貨店や劇場、映画館などが建設され、昭和初期の時点で既に一大歓楽街となりました。ただ、この時点で発展したのは主に駅東口側であり、西口側には広大な敷地を持つ淀橋浄水場が広がっていました。1898年に通水したこの浄水場は1965年に廃止され、跡地の再開発と共に新宿副都心計画が開始、ここから西側の開発が始まります。

まず1971年に京王プラザホテル、1974年に新宿住友ビル・新宿三井ビルなどの高層ビルが次々と建設され、西新宿の高層ビル化とオフィス街化がスタート。ただ、1980年代中半辺りまではまだ広大な空き地も多かったのですが、1991年の東京都庁移転を経て新たな高層ビルやホテルが次々と建設され、現在の形に近付いていきました。西口ならではの現象で興味深いのは、大ガード下を起点とした小滝橋通り一帯に、外盤や中古盤・自主制作盤などを扱う個人経営のCD&レコード店が100~200店も集中したことです。結果西口側には多くの音楽マニアが集い、来日中の大物アーティストの姿を見かけることも珍しいことではありませんでした。しかし2000年代以降CD売上の落ち込みにより、それらのショップは現在ほぼ姿を消しています。

戻って、商業及び娯楽の中心地となっていた東口側も益々活気に溢れ、丸井などの百貨店や有名店舗が続々と進出を遂げると共に、新宿コマ劇場や紀伊国屋ホールなどが開場。中でも新宿歌舞伎町には、ありとあらゆる飲食店・居酒屋・クラブ・ライブハウス・遊技施設・ホテルなどが所狭しとひしめき、東洋一の歓楽街と呼ばれるまでとなりました。近年は、巨大なゴジラの頭部が街を見下ろすTOHOシネマズ新宿が、歌舞伎町の新しいランドマークになっています。

また一方で、新宿には歴史を感じさせる神社仏閣や商業地も数多く残っています。毎年酉の市で賑わう花園神社、新宿の総鎮守である十二社熊野神社、さらに新宿百人町の由来にもなった鉄砲隊百人組の皆中稲荷神社は宝くじの神社としても人気があります。そして東口側の新宿ゴールデン街と、西口の思い出横丁は、昭和の風情を今でも色濃く残している飲み屋街として愛され続けています。